東洋伝統医学に学ぶ

【未病】とは「己病(いびょう)」即ち“既に病んでいる状態”に対し、〈未だ病んでいない状態〉を表す用語として、紀元前4世紀(秦漢時代)、中国医学・漢方鍼灸医学の古典である『黄帝内経素門』に初めて登場します。ここでは、人間の体調を「健康」・【未病】・“病気”の三段階に分けていますが、その原典、五千年以上の伝統を誇るインド伝統医学アーユル・ヴェーダ(生命の科学)では、【未病】を更に4つに細分化し検討されています。
今井 敬喜 内科医・医学博士 WCIグループ ナチュラルクリニック銀座 院長 一般社団法人 日本がん健康サポート協会

これ等、東洋の伝統医学では、古来から病気が発症する前の状態【未病】を重視し、病気になる前に〈手〉を打つことが《最良の医療》と了解されていたのです。すなわち、病気が進展する前に対処する『予防医学』が《最先端の医療》であったのです。
現代の西洋医学では“病気でなければ健康”と短絡的に定義しがちで、臨床的に〈予防医学〉をやや軽視している傾向が見られます。勢い病気(既に病んでしまっている状態)にのみ衆目が集まり、外科的手術や放射線治療(排除の医療)や薬万能とみなす医療など、どちらかというと“後手・後手の医療”に終始している実体がみられます。
この後手にまわる西洋医療が“最先端の医療”として認知され、何らの反省もなく専ら医療界を席巻している間は、残念ながら人的にも経済的にも“無駄の多い”高度高額医療が留まることなく続き、医療費のみならず国民経済さえも圧迫し続けるでしょう。
しかし、抗生物質の発見以来、病原菌による感染症は、ほぼ制圧されたにも係わらず、20世紀的“排除の医療”だけでは解決出来ない“難病”が更に増え続け“疾病構造の変化”がもたらされています。最近、費用対効果の面で現代医療の盲点が顕になるにおよび、ようやく〈未病対策〉が公私共々世間の話題に上がってきました。そこで今や欧米でも、「予防に勝る治療なし」を旨とする東洋伝統医学の真髄が見直されてきているのが現状であります。
世界の医療の源となったインド医学・「生命の科学」:アーユル・ヴェーダの未病理論は中国医療よりも更に徹底し、中国医療で「未病」と定義している状態を、図のようにさらに四つ(蓄積・憎悪・幡種・極在化)に細分化して、健康から逸脱した体調不良の過程を仔細に観察し。『病』を防ぐ手立てを工夫しているのです。
アーユル・ヴェーダでは、ドージャ(心身エネルギー)が良好なバランス状態を保ち、細胞個々を取り巻く微細環境:生体の内部環境恒常性(Homeostasis)が良好に維持され、体細胞が円滑に機能している状態を『健康』と称しています。これに対し、ドージャがバランスを崩し、アーマ(体内毒素・病的老廃物)が体内に徐々に蓄積されるようになり、細胞個々の機能が障害されかかった病前状態を【未病】と呼び、その様々な原因を分析しています。
「生命の科学(アーユル・ヴェーダ)の基礎学問、インド哲学・ウパニシャドでは「人は食べたものになる」と記していますが、アーユル・ヴェーダでは食べた物がどのように人間の身体に影響するかをドージャ理論に従って論理的に解明し「食べた物は、良薬として体だけでなく、心、さらには、魂にまで影響する」と教えています。食生活が健康にとって大事な理由は、食べ物がドージャ(生命エネルギー)と反応し、一日のオージャス(活力源)を生み出し、〈心身の糧〉となっているからなのです。
仏教では、「食事は瞑想の一種だ」と考えています。まず、食事前に短時間瞑想し、落ちついた心で【サットヴァ(純粋性)】を心の内に増やします。それにより、サットヴァに富む食べ物が欲しくなります。食前の瞑想や「頂きます」という言葉(マントラ)は是非習慣化したいものです。あらゆるモノに感謝の気持ちが湧いてきます。
食べ物が完全に消化されるようにする秘訣は「食べ過ぎない」ことです。お腹いっぱい食べる(飽食)習慣を改め、2/3か3/4程度に抑え、両手一杯分が適量だといわれています。
(動物実験では、摂取カロリーを60%〜80%減らしただけで免疫機能が正常化し、寿命が2倍から3倍に伸びることが実証されています。栄養成分の内訳では未消化物を作り出し易い脂質や蛋白質より、消化し易い炭水化物の割合を70%〜80%と多くすると効果が良いとも言われています)
「腹七分目に医者いらず」

「朝は好、昼は飽、夕は少」(中国の諺)、「朝は一汁一菜、昼は一汁三葉、夜は非時喰」(天台宗)といわれる如く、自然の変化に則りアグニが低下する夜、即ち夕食は少なくするのが原則です。アグニに応じた食事の摂り方が基本です。また、いつも同じ時間帯に規則正しく食事を摂る事も大事です。それにより人体では食前になると自然に消化液や酵素が分泌され、食べた物が直ぐに完全に消化出来るように準備態勢が整えられるのです。空腹を感じない時には敢えて食事を強いるより、食事を減らし、白湯や生姜入り牛乳などを飲むくらいに留める方が良いでしょう。なお、夕食と翌日の朝食の間隔は12時間以上あいている方が良いでしょう。いずれにしても、自然のままに従うことが良い結果を生みます。
アーユル・ヴェーダの食事のポイントは、何を食べるかより食後の満足感や軽快感が得られるように食べる事が優先されます。正しい食事は幸せ感ある食事です。更に、大切なことは、作った人の愛情が注がれた、愛情こもった料理を有り難くいただくことです。料理に込められた愛情は「魂の栄養素」となるのです。
(現代人の食事は個食・孤食・固食が目立ちます。こんな寂しい食事では【魂】は育ちません。今、子供たちの心は荒んでいます。“愛情飢餓症候群”が蔓延した結果です。一日も早く、愛情こもった食事を愛情をもって与える意義を自覚して、家庭に平和と温もりを取り戻して欲しいものです。子供たちの『魂の栄養素』は愛情のこもった食事であり、決して“グルメや美食”ではないのです)

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