【未病対策】が〈日本の未来〉を拓く 「予防に勝る治療なし」・【身土不二】の原点に戻り、健康な未来を開こう20世紀は大量生産・大量消費・大量廃棄の時代であった。しかし「過ぎたるは及ばざるごとし」昔からの日本人の美徳とした「もったいない」の生活習慣は失われ、物だけでなく人間を含む命さえも“使い捨て”にする悪習慣を現代人は身につけてしまいました。今井 敬喜 内科医・医学博士

今井 敬喜 内科医・医学博士 WCIグループ ナチュラルクリニック銀座 院長 一般社団法人 日本がん健康サポート協会

 

文明国を自称する日本は、今や多量の“ゴミが舞う島”と化し“飽食”と“不動(運動不足)”が“がん”を始めとする様々な『生活習慣病』を生んでいるとさえ言われています。(現代人は、過剰な欲望の赴くまま“楽”を求め“飽食”の限りを尽くしているのです)
これら生活習慣病は、今迄の20世紀的“排除の医療”では、根本的に解決できない疾病であることが明らかになってきました。「足を知る」ことが先決です。
就中、がんは「細胞分裂」の、そして血栓性疾患(心臓病・脳血管障害など)は「血管老化」が原因の疾患です。“外からの脅威”であった感染症などと異なり“内からの脅威”いわゆる「生命の原点」すなわち「人としての生き方」に関わる問題なのです。従って(沈思黙考すれば自ずと分かることですが)病気になってからの“ゴテ後手に廻る”20世紀的医療では〔費用対効果の面〕からも適切な対応ではないことは、既に判明しているのです。
【身土不二】「今まで〔身〕すなわち人間が行った行為の果報(正報)は、私たち人間が拠り所としている地球(環境)/土(依報)と切っても切れない関係にある」のです。
《因果応報》を著す仏教用語です。
21世紀の医療・福祉は「生命の原点」に戻って、見直されなければならない時期にきています。「人間は(身も心も、魂さえも)食べたものになる」とインド五千年の歴史を誇る医学【アーユルヴェーダー(生命の科学)】は教えています。
土壌や水が汚染され、食べる物さえ汚染されていては、人間の健康が保たれないのは当然の理です。今や地球は人工産物によって汚染され、「土」を肥沃にする〔土壌内微生物〕の生態系は乱されています。
福島原発事故や東日本大震災、さらに世界規模の異常気象などを経験し、地球温暖化の弊害が叫ばれても、現代人はどこ吹く風です。「人為は自然に遠く及ばない」ことを目の当たりにしても現代人の“自然の破壊”は留まることを知りません。
—どうしてなのでしょうか?—
考えてみてください。

〈ヒトはヒトゲノム(第一)とマイクロバイオゾーム(第二ヒトゲノム)の共生する超有機体である〉(J.Lederberg)
腸には体細胞(60兆個)の20倍(1200兆個以上)もの腸内細菌が共生し「腸内の花園」(Bacterial Flora)を形成し、私たちの身体を護っています。私たち人間の免疫の70%は腸で決まっています(腸免疫)。地球での「土」の役割を人間では「腸」が代行しているのです。【身土不二】の由来です。現代言葉に直すと【医食農同源】となります。もう一度〈自然に還り、自らの生き方を見直せば、健康を取り戻し、自ずと道は開けます〉
腸は「第二の脳(司令中枢)」といわれていますが、発生学的に見れば【母なる脳(Primitive Brain)】と言うべきです。動物で中枢神経らしきものが発達するのは腔腸動物以降ですが、名の示す通り「腔腸」こそ、全身を制御する、原初的中枢《自律神経系》の原点であり本質なのです。
生物は全て環境とは切っても切れない関係にあることは自明のことです。生物個体を構成する細胞を取り巻く環境を「内部環境」と呼んでいます。病気は全て、外部環境からの障害因子(ストレス)を受けて、この内部環境が乱れたことから始まると言っても過言ではありません。内部環境の恒常性(Homeostasis)が維持されてこそ人は健康でいられるです。病態は正にこの内部環境の乱れから始まります。未だに病気にまで達していない期間を「未病」というのです。この乱れが蓄積され、増悪・幡種・極在と進み慢性化すると病気に発展してしまうのです。
細胞を取り巻く内部環境は〈免疫系・内分泌系・自律神経系〉三系の微妙なバランス調整によって恒常性が維持され、初めて細胞代謝が円滑に作動し、健康が保全されているのです。この微妙なバランスの崩れを見出し、未病の内に常態に戻すこと【未病対策】こそ健康維持には大事なのです。現在の医療は果たして、どの病態に注意を集中しているのでしょうか?「火の用心」の鉄則は何か?もう一度考え直してみましょう。
予防に勝る治療はない〉のです。

狩猟採集時代(縄文時代)が人間の心身の健康にとって最も好ましい平和な時代だったと指摘する学者もいます。自然に逆らわず、自然と〈共生〉してきた時代、野山を走り回り少ない糧を探し求め、分け合って生きた時代が、人類にとって永く続いた歴史です。
現代のような飽食の経験には乏しいのです。ヒトのDNAにはそんな経験は記憶されていないのです。ヒトゲノムが“判断ミス”を起こしてもちっとも不思議ではありません。
〈身体は現代に置いても、心は縄文の世にあれば、もっと健康的な市民生活が戻るかも知れないのです〉

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